人は複雑なもので、シンプルに暮らしたい、
感情にとらわらずに生活したいと思っても、
くっついて離れないものもあり――。

『遠別少年』を読み、久々に北海道に帰省したような
気持ちなった。生まれ育ちが、かの地の私だがもう離
れてくらしている年数の方がまさっている。それでも、
北海道で生まれ学校に通い、それなりの人間関係もあ
ったのだから、あの空気は忘れないし、この本を読み
あらためて思い出した。

 観光地ブランドのようになっている北海道だが、空気が
きれいだ、風景が大きいという形容詞以外に人が語るの
は寒さだろう。場所によっては雪が多かったり、ひたすら
寒かったりの大きな田舎。遠別に住んだことはないが、
あの冷たい切れるような空気はそこかしこに流れている。

 ひとつめの短編「白い煙」を読んで、あぁ、これは
寒い寒い北海道の小さな町の話だとすぐさま了解した。

 13の短編はどれも著者が過ごした遠別での少年時代
が下敷きに書かれた小説で、そのどれもが潔くそぎお
とされた爽快な物語。

 読みながら、木訥な話し口から登場する人達をゆっくり
知っていく。

 旅行のような点と点の滞在ではなく、
住んでいたからこそ語れる言葉で、土地の空気が伝わってくる。

 そしてその少年時代にはわからなかった複雑さが、
大人の視点でシンプルに整えられ物語として差し出されている。


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坂川栄治(さかがわ・えいじ)1952年北海道天塩郡遠別町に生まれる。雑誌「SWITCH」のアートディレクターを創刊から4年間つとめた。1993年、講談社出版文化賞ブックデザイン賞を受賞。現在までに装丁を手がけた本は2800冊を超える。著書に『写真生活』(晶文社刊)がある。